当センターでの個人カウンセリングの方法を大きく分けると、対話による分析的なアプローチと、記憶のシステムに直接働きかけて感情のバランスや無意識の思考行動パターンを変化させて行くライフスパンインテグレーションという手法の二つになります。
分析的なアプローチはおそらく一般的にイメージされるカウンセリングに最も近いものです。交流分析の理論に基づいて、クライアントの様子や話の内容を元に、心理的な問題を分析し、カウンセリングの進行に応じてクライアントの気づきを促して状況や症状を改善していきます。
ライフスパンインテグレーション(LI – Lifespan Integration; 仏名ICV – Intégration du Cycle de la Vie)は、精神的な苦痛を伴う体験による心的外傷(トラウマ)を効果的に治癒する新しい身体・心理療法(セラピー)の手法です。EMDRセラピストであった ペギー・ペースによってアメリカで開発されて以来、安全性と効果を兼ね備えた手法として北アメリカやヨーロッパで急速に広まっています。
心的外傷(トラウマ)の原因は様々です。虐待やハラスメント、事故や災害、喪失体験など原因がはっきりしている場合もありますが、自分の体験の心への負担に気づかないまま長い年月が経過していることも珍しくはありません。幼少期のネグレクト、家庭の機能不全、病的な依存関係などがそのような場合にあてはまります。不安症やうつ病、不安定な人間関係や人格障害と呼ばれるような問題行動に苦しんでいる人の中には、そのような過去のトラウマに気づくことすらなかった人も多くいます。
心的外傷(トラウマ)は、話すことだけでは必ずしも乗り越えられない
受けたトラウマについて、何年もカウンセリングの場で話したり感情を発散させたりしながらも、それをどうしても乗り越えられないということがあります。その理由は、脳細胞の発達途上にある時期にトラウマを受けた人は、周りの出来事をネガティヴに受け止める傾向が刷り込まれていて、意志の力だけでその受け止め方を変えるのは非常に難しいからです。特に幼少期に虐待を受けた人は、自己イメージが低く、慢性的に不安や抑うつ気分が強いことが多く見られます。このような傾向は現在の充実した生活にもかかわらず続き、何かのきっかけで過去の自分が目覚めてしまう瞬間があると、現在の状況に適した反応のかわりに極端に感情的な、ときには自己破壊的な行動をとってしまったりします。そして、そのような行動を繰り返すことで自己嫌悪感をますます強めてしまうのです。
心理療法の多くは、そのような過去の出来事や関係を話したり、追体験することで心の整理や感情の解消を試みますが、話すことや追体験で、過去の傷つきを目覚ませたり、強めてしまうこともあります。また、そのような作業には、大変な年月がかかることもあります。
ライフスパンインテグレーションは、脳の神経細胞ネットワークのレベルに働きかけていきながら私達に生まれながらに備わっている自然治癒力を活性化させ、過去の記憶に引きずられた行動や不適切な防御反応を変えていく心に優しい療法です。療法士によるマインドコントロールのようなことはありません。この療法は、現在の不快な感情や不適切な行動を、その原因となっている過去の出来事を身体の感覚と心の両方に結びつけます。その結びつきを感じることで、脳神経細胞のネットワークの機能の仕方に変化が起き、現在の状況に適した自然な反応が生まれるのです。多くの場合、このような変化は比較的早く起こります。セラピー終了後、クライアントの多くは、自己受容する気持ちが高まり、人間関係を豊かに享受することができるようになります。
ライフスパンインテグレーションの治療プロセス
ライフスパンインテグレーションでは、タイムラインという想い出のリストを繰り返すテクニックを使って、現在の悩みや症状がどのような過去の記憶に結びついているかを無意識下に探ります。タイムラインを使うことによって、心的外傷の原因となった出来事や関係はすでに過去のものであることを心と身体にはっきりさせ、過去を終わったこととして脳機能の中で整理されることを促します。このエクササイズを繰り返すことは、言葉によるセラピーよりも効果的に脳の記憶システムに関わる部分に働きかけ、クライアントの本来の健康な治癒能力の回復を促します。クライアントは自己の過去に対して違った視点を自然に持つようになり、現在を過去と切り離して新しい気持ちで生きることができるようになります。
高年齢のクライアントや幼少期のトラウマを抱えたクライアントの場合は、より多く繰り返す必要があります。また、この手法は子供や過去の出来事を記憶していないクライアントの治療にもとても有効です。タイムラインのエクササイズは、記憶のシステムの意識されない部分を活性化させる作用があるからです。記憶に空白があっても、ライフスパンインテグレーションによるセラピーを通じて、クライアントは過去から現在までの人生全体を統合された意味のあるものとして受け入れられるようになるのです。
ライフスパンインテグレーションの対象となるトラブル
ライフスパンインテグレーションで効果がある状況は非常に幅広いのですが、例としては、抑うつ、不安症、感情コントロール、アタッチメントのトラブル、過食症や拒食症、依存症、睡眠障害、その他の心体症状などが挙げられます。
先にも述べましたが、ライフスパンインテグレーションは心的外傷後ストレス障害(Poste Traumatic Stress Disorder, PTSD)にも極めて有効です。トラウマの原因となった出来事が記憶システムに引き起こした混乱を修正し、その出来事の記憶が、他の人生の出来事と統合されるように働きかけることで、フラッシュバックや回避行動などのストレス症状を解消します。